冬の日の記憶(前編)
あれは、そう、俺が二度目の専門学校通いをしていたときだから、もう15年ほど前の話になるか、、、。




当時、俺は今のような仕事をしながら針灸免許だけでは将来心許無いと考え、師匠に頼み込んで毎日仕事を夕方で切り上げ柔道整復師の専門学校に通っていた。



俺は当時の教官たちの間ではたいそう評判の悪い学生だった。



なにしろ興味の無い教科(整復理論・生理学・病理学・実技・格闘を除く全教科)はすべて寝ているくせに、テストをすれば可愛くないことに全教科水準以上を確保している、、、まるで睡眠学習法をマスターした怪しい通販の体験談かラノベにおける主人公のライバルの様な完璧超人ぶりである。



、、、もっとも、入学の前々年度まで別の医療系専門学校で勉強していて既に似た様な国家資格を持っているのだから、同じレベルの同じ教科の授業が今更理解出来ない方がむしろ問題だけどな。




さて、俺のささやかな自慢話はここまでにして主題たる当時のお話しに移行しておこう。




当時から「はがない系」の俺には学校で話をする程度の友人も数名しか居なかったが、その内の一人に東京農大を優秀(?)な成績で卒業したTという男が居た。



冬のある日、いつも通り授業が終わって帰宅準備をしていたときだった。

学校と名がつくところならば大抵そうであるように、俺の通う専門学校も「授業中は携帯電話の電源を切る、あるいはマナーモードにすべし」というルールがあったので、授業が終わると生徒が一斉に留守電やメールのチェックをすべく携帯をいじり始めるのは何処でも見られる光景なんだが、、、。




「あれ?誰だ、、、コイツ?」



机の横に掛けた自分のバッグから取り出した携帯を見ていたTが変な顔をしていた。



「、、、うーん、、、うむぅ?」




Tはしばらく液晶画面の表示に首をかしげていたが、留守電にメッセージが入っていたのでそれを聞いてみたようだ。



俺はいつも最寄駅まで歩くFと一緒にTの傍に居たので「どうした?」と声をかけると、Tは「ああ、、ちょっと変なメッセージが残っててな、、、」と言いながら聞くか?と俺たちに自分の携帯を差し出してきた。



俺とFが軽く頷くとTは携帯を操作して留守録をスピーカーで流した。








「あ、、、もしもし?○○です、、、憶えてらっしゃいますか?」




若い女性の声だ!、、、そして特に根拠は無いが、たぶん、美しい!←馬鹿




「先日の飲み会ではなんだかご迷惑をかけちゃったみたいでごめんなさい」




そうかそうか、、、ナニが有ったかは知らぬが俺は許すよ




「えっと、、、それで、勝手なお願いかもしれませんがもう一度逢ってお話がしたいです、、、よかったら、連絡下さい、、、待ってます!」





留守録はそこで終わっていた。




俺とFは神妙な顔でこちらを見ているTに向き直ると聞いた。




「これは、自慢かね?」




表情にこわばりが無かったか?と問われればYesでありNoだ、、、

Tはこれは心外!といった顔をして抗弁する。




「待て!、、、俺はこの○○さんを知らないんだよ!」



「ふん、、、つまりこうか?」



俺は意地悪なラノベにおける主人公のライバル的な優等生が、非のある生徒を追い詰めるべく糾弾する、といった調子でまくしたてた。



「どこぞの飲み会か合コンかは知らぬが、そこでなにかジェントルマンな行動をしたところ誰のつてを頼ってけなげにもTの携帯の番号を調べて御礼がてらデートのお誘いが来ちゃいましたよ、と?」



「そんな旨い話があるかよ!?いや、無い!!」



「ぐぬぬ、、、」



「Tさん、、、ダメじゃないですか、、、知らないヒトとお話しちゃ、、、」




Fが銀縁の賢そうなメガネをピン!と立たせた右手の薬指をついっと動かして直すと割って入った。




「もし、Tさんになにかあったらボク、困ります」



「いや、困らねぇだろ?、、、そもそもオマエ俺の保護者じゃないだろ?」



「精神的には保護者です。年齢はTさんより6つばかり若いですが、、、」




Fは高校を卒業してからすぐにこの専門学校に入ってきたこの学校の生徒的には珍しい部類の人間だ、、、実家が由緒正しい整骨院なので「三代目」となるべく英才教育を受けているのかも知れないが、授業での教官への受け答えにも非凡なものを感じるメガネ君だ、、、若干、性格が悪い、が。




「まぁ待て!落ち着け!」




俺はTに向き直るとあらためて事態を整理すべく質問を発した。




「Tは居酒屋かなにかで誰かを助けたことは無いか?」




Tはうーんと唸り




「特には、、、無い、か?いや、正直記憶は無いな」



「Tさんベロンベロンになるまで飲みますからねぇ、、、」



Fは半ばあきれるような表情で繋ぐ



「でも、まぁ、、、憶えてないだけで可能性はあるかも、、、」




Tは酒が強いだけに自分が意識を失う前に誰かに親切にしている可能性は捨てきれない、、、根はエロくて本当にエロいが真面目でエロい、、、つまり俺の数少ないトモダチだからイイ奴だ。←?




「飲み会には心当たりがあるよな?」



「うん、そろそろ忘年会も入ってきてるから、、、先週からでも3回は行った」



「かえって絞れなくなってますね、、、」



「相手のことをこっちが絞りきれていない以上、無闇に攻め込んでも無残な結果に終わる可能性もある、、、ここは相手を特定するための材料が欲しいな」



「と言うと?」



「うむ、どうやらこの子はTにずいぶんとご執心だ、、、恐らく近日中に再度連絡があるだろう、、、」




キラリとFの銀縁メガネが無駄に光る




「なるほど、こちらから喰い付くのではなく待ち構えるワケですね!?」



「そうだ、それまでにここんとこTが参加した飲み会に出ていた参加者名簿のようなものをなんとか手に入れて、こっちからその○○ちゃんが誰なのかアタリをつけておくってワケだ」

「ついでに当日の参加者に当時ナニがあったのかも聞き出しておければなおいいだろう?」


Fも納得したように続けた。

「流石に顔も出会った記憶も完全に無いというのは失礼ですからね、、、最低限のマナーと思って予習しておくのはアリでしょう」



突然、Tは携帯を扇子の様に口元にあて、目を眇めてそっくり返った



「桔梗屋、、、そちも相当のワルよのう、、、」



「ふぇっふぇっ、、、お代官様ほどではごじゃりませぬぅ~」



「あっ!ズルいなぁ、、、ボクにも役を下さいよーっ!」



「ふぁーっはっはっはっ、、、」



「ふぇっふぇっふぇっ、、、」




その日の学校の帰り道は普段より少し、楽かったな。



(まぁ、帰れば帰ったで職場で仕事が有るんだけどね)







翌日、仕事が忙しくて少し遅刻して教室に入った俺は授業の合間の休憩時間に普段なら一服ニコチン補給をすべく席を立ったTを捕まえていた。



「どうだ?判ったか?」



無論俺が聞いているのは、○○ちゃんのコトだ。



Tはニコチン成分が欠乏しているせいか微妙な表情をした



「、、いや、俺の調べた限りでは○○ちゃんってのは参加者に入ってないんだよな、、、」



「どういうコトですか?」



Tの斜め後ろの席から話を聞きつけたFの怪訝そうな声がかかる。



Tは短くため息をつくとーもう時間的に一服入れるのは無理だと思ったんだろうータバコと携帯灰皿を尻のポケットに捻じ込み、椅子に座りなおした。




「どうもこうも無いんだよ、、、先週からこっち3回飲み会があったんだが、ひとつは大学の時のサークル仲間だから全員面は割れてる、ひとつは今勤めてる整骨院の飲み会だろ?、、、同僚と上司、あとは常連の患者さんくらいだから間違えようが無い、最後の飲み会はゴルフ仲間なんだけどー」



「ゴルフゥ?」



「ゴルフですって?」



俺とFが同時に突っ込んだ



「学生がゴルフとは感心しないな、、、」



「ええ、不謹慎ですね、、、セレブみたいでムカつきます」



「ほっとけよ!」



まぁ、事実Tの実家はちょっと想像がつかないレベルの金持ちらしい、、、

俺もこの時点ではあまり気がついていなかったが、後年遊びに行った際に思い知ることになる。




「、、、兎に角、そのゴルフ仲間との飲み会位しかアテは無いんだが、、、その飲み会に来ていたのは会員とその家族・友人なんだ、つまり、、、」



俺とFは口ごもるTの続きを待った



「来てたのは会員の奥さんか彼女ばっかりなんだ」




「!!」

Tが言うには普段、一緒にコースに出る連中の顔や名前はだいたい解るらしい。



そうなるとTが知らない人物はその飲み会に会員が連れてきた同伴者ってコトになるが、その「同伴者」は多くの場合会員の配偶者か恋人、、、つまり○○ちゃんがフリーな立場の女性である可能性は極めて低いと言える。



「でも、誰かの娘って可能性も無くはないんじゃないですか?」



Fがもっともな意見を言うと、Tは軽く首を振った。



「俺が参加してるグループには四十路を迎えたような人は居ないんだよ」



「はぁ、、、なるほど、、、」



「まぁ、そこは解らないな、、、無いとは思いたいが十代の子かもしれん」



Tはそんな子居たかなぁ?と首をかしげていたが、そこで控えめなチャイムが鳴り次の授業の教官が入ってきたので俺たちはおのおのの席に戻り、立ち話は強制的に終わらされた。




放課後、教科書を机の上に散乱させたまま鞄から出した携帯をいじっていたTが「あッ!」と声を上げた。



「、、、今日も入ってる、、、留守電」



「ホントか!?、、、こりゃホンモノかもな、、、」



「と、見せかけて手の込んだ詐欺なんじゃないですかぁ?呼び出されて会場についてくと宝石買わされますよォ?」



Fの指摘に「○○ちゃんを馬鹿にするな!」とTが吼える、、、いや、そんなに感情移入しなくても、、、。



早速聞かされた(無理やり再生させた)留守録はこんな内容だった







「え、、と、こんばんは、飲み会でご一緒させていただいた○○です」



ああ、相変わらずキレイだね、、、○○ちゃん、、、



「あの、、メッセージに気がついてなかったらアレだし、、、ま、間違ってちゃんと入ってないといけないのでまたお電話しました!」



「わたし、この前のことでどうしても直接御礼が言いたくって、、、その、迷惑かもしれませんが、、、も、もう一度お会いしたいんです、、、」



「どうぞ、、、よろしくお願いします!」










心なしかどや顔で上機嫌なTの前でどんな感想を述べるべきだろうか?



言ってはなんだがこの○○ちゃんも相当なボルテージで電話かけてきているな、、、俺の想像では最後のところは今は無き「ねるとん紅鯨団」の告白タイムばりの右手の出し具合だ。



Fなどはもう既にあからさまに他人の幸福に対する許容範囲を逸脱してしまったような顔をしていた、、、。



---------------------------------------------後編に続く-------------------------------------------------

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