冬の日の記憶(後編)
「これはもう、、、連絡するより選択肢が無いだろう?」



これはオニポテのオニオンリングをクラムチャウダーにつけながら食べるというお行儀の悪さは今と全く変わっていない俺の率直な意見である



「、、、この期に及んで○○ちゃんの熱意はないがしろには出来ないですよね」



Fもこの点については同意見のようだ、、、口元に残るサウザンソースを神経質そうに何度も紙ナプキンでぬぐいながらフレッシュバーガー(現・サウザンバーガー)にかぶりつく



「だいたいOK前提って言うか、受けるも断るもTさん次第ってカンジじゃないですか?」



予想外に積極的な○○ちゃんの攻勢に対し、我がT国防衛軍首脳による極秘幕僚会議が学校近くのM○Sバーガーを舞台に繰り広げられていた。



それはそうなんだが、、、肝心のTがイマイチ踏み切れない、、、どうもヒトは降ってわいた幸運をも土壇場では疑うように出来ているらしい。



「なにしろ俺の方は全く覚えが無いんだよ、、、いや、単に覚えて無いだけで、逢えばああ、キミか!となるかも知れんが、、、しかしなぁ、、、」



セレブなんだから幕僚達に飲食を提供しても良さそうなものだが、そこはセレブなだけに財布の口が堅いらしくコーヒーのみのTはあれから方々に連絡を取って○○ちゃんを特定しようとはしているらしいが、一向に正体が掴めないという、、、。



「もしかしたら、、、店の従業員とかじゃないですか?」



しばらく考え込んでいたFの声に俺とTとがハッ!と気がついて顔をあげた



「あ、、、でも、従業員だったら”飲み会でご一緒”とは言わないですよねぇ、、、」



「そうだな、、、”ご一緒”ってからには客と客だよなぁ、、、」



また振り出しかぁ、とFも眉根を寄せて考え込んでしまった



「案外、”この前”ってのが先週よりもっと前のことを指してるのかもな」



残ったクラムチャウダーをちびちびすする俺は、少々投げやりな気分になってきていた。



そもそも他人の恋路(?)である、、、あまり深入りしてこっちが気を揉んでも当てられ損という奴だ。



「そういや、着信は何時ごろなんです?」



Fの質問にTが自分の携帯を取り出してから答える。



「昨日も今日も20時50分前後か、、、授業の終わる直前なんだな、、、」




「そうか、、、どっちにしろ明後日には決着がつくワケだ」

Tが俺に向き直って「何故だ?」という顔をするとFはストローの空き袋をいじっていた手元を止め、目だけをTに向けて繋げた。

「明後日の二限は関係法規じゃないですか」


俺たちの通う専門学校は当時夜間部しか開講されておらず18:00~19:30が一限
、19:40~21:10が二限という授業形態だった。

関係法規というのは読んで字の如しだが、要するに柔道整復師の業務やモラルに関した法律を抜粋してまとめて教えるという授業で、有体に言って「面白い!」とか「ためになる!」という系統のお話にはならない、、、俺が100%寝ている時間だ。

ただ、ほぼ全ての生徒にとって嬉しい事にその授業だけはー恐らく教官の個人的なやる気の問題だと思われるがー通常の授業よりかなり早めーうっかりすると30分近くーに切り上げることが多いのだ。


「確かに、、、」

と、言っただけでTが後を続けられなかったのは近く高い確率で訪れるその時にどうすべきかが彼の中でまだ整理できていないからだろう。

その日はそこが潮時と判断したのか、全員が既に注文の品を消化しているのもあってお開きとなった。



「むうぅっ、、、!!」

格闘実技の授業が終わって教室で着替えているときにTが突然声を上げた。

見るとTは既に着替え終わって例によって自分の携帯をいじっているところだったが、どうやら今日も○○ちゃんは律儀に留守電を入れているようだ。

「どうした?今日は”好きです!付き合ってください!!”なんて懇願されてるんじゃねぇだろうな?」

俺は冗談半分で聞いたんだが、、、おぃ、、、なんだその表情は?

「どうしたんで、、、ぅわ!Tさんキモイ!!」

Fも思わず掛けた声が裏返ってしまうような、、、ちょっとリアクションに困るんですけど、、、有体に言ってTはにやけと困った顔の中間みたいな不思議な顔をしてこっちを見ていた。


「とりあえず、コレを聞いてみてくれ、、、」

そう言って差し出された携帯からはこんなメッセージが流れてきた。



「あ、、こ、こんばんは、○○です、、、。」


しばし沈黙、、、なんだか様子がおかしいぞ?


「あ、、あのね、、、私ね、、、」

「あの、、、ええと、もし、この電話が迷惑で、、、その、、」

「嫌だったら、、それは、仕方ないんだけど、、、」


なんか一方的にテンパってませんか?このヒト?とFが突っ込む、、、確かにそうだが、どうもこの後に衝撃の本題が着そうな雰囲気だぞ?


「もし、嫌じゃなかったら、、、その、お返事が、、、いただけたらなーって、、」

「思うんです、、、良かったら、電話ー」



電話機本体の留守録はそこで時間切れだったらしく、今回のメッセージはなんだか中途半端な所でブツッと切れていた。

「で、どうするんだ?連絡をこっちから入れてみるのか?」

嬉しさを隠そうとして眉がハの字になってしまっているTに聞いてみたが、Tはゆっくりと頭を振った。

そして教室の机に片手を突くとそこに寄りかかるようなポーズをとって、無い前髪に手ぐしを通してそんなに長くない髪を払った。

「明日、、、」

「明日、決着をつけるさ、、、、この手で、な!」




俺とFはきっと痛い奴を見るように揃って目を眇めていたのだろうと思う、、、まぁ、自分で自分は客観視出来ないし、な。

「少々痛いが、その心意気やよし!と言ったところか、、、」

「ええ、見ているこっちまで痛くなってきますけど、そんなところでしょうね」

なんなんだよ!お前らは!!などと食って掛かるTだが、相変わらず眦が下がりっぱなしでどうにも迫力が無い。

「なんにせよここまで押してきたんだ、、、今更どうこうってコトも無いだろうさ」

「そうそう、精々○○ちゃんとの初デートのプランでも練りこんでおいてくださいよ」

「そうだな、、、男の真価はエスコートプランにこそあるというからな」

「へぇ、、誰かの格言ですか?」

Fがメガネを無駄に輝かせて聞いた

「いや、今なんとなく思いついたから格好をつけて言ってみただけだ」

「実績皆無じゃないですか、、、」

「ふっ、、だがこのT様の偉業により今後インターナショナルかつグローバルなスタンダードでコモンでセンスな事象になるに違いない!」

俺とFが顔を見合わせ、同時に「ないない、、、」と片手を扇いだのを見ると、Tは顔をしかめた。

「失礼な奴だな、、、まったく最近の若者は!」

怒った顔をして見せたのは一瞬で、結局そのまま3人は誰からとも無く噴出すと、いつも通り互いにちょっかいを出しながらまっすぐ駅まで歩いて帰ったのさ。



その日は特別だった。


いや、「特別な日になるはず予定」と表記すべきかな?、、、まぁ、とりあえずTは勿論のことだが俺とFも我が事のように事態の推移を見守ってきた一件が、今夜新たなステージを迎える、、、そんな期待に満ちていた。

Tは別に今日○○ちゃん本人に会う約束をしているわけでもないのに無駄にオシャレして来ている、、、カジュアルな普段は着ないカラーシャツにノータイだが襟のあるジャケット、ボトムはシックなダーク系のチノパンに革のウォーキンングシューズだ。

「電話では相手に見えるわけじゃない、、、だが、そこに誠意を込めるのが真の男なのさ、、、」

そう、うそぶくTは俺から見ても相当に気合が入っているといわざるを得ない。

俺にしたって普段なら100%睡眠時間に充てるはずの関係法規の授業を完全に覚醒したまま過ごし、周囲となにより教官に驚かれていた。

Fは普段通り無駄に銀縁のメガネを光らせているだけかと思いきや、実はいつもより頻繁にクイッっとメガネを直していたのだそうだ、、、俺には理解できない緊張の仕草だけどな、、、そもそもソレ、緊張した時の仕草なのか?



その日の授業は通常より40分は早く終わった。

俺が最後まで起きていたからではないと思いたいが、この全学期を通じて起きていたためしの無い奴を最後まで起こしたまま授業を終えることが教官にとってのささやかな「勝利」だったのかもしれない、、、とか考えると今になって教官がかわいそうに思えてきてしまうな、、、スマン、Y先生、、、。

俺たちは授業が終わると身支度もそこそこに校舎を後にしていた。

もし、○○ちゃんの定時連絡が普段通りならば、あと数分でTの携帯が鳴るはずだ、、、!

「M○Sにでも入るか?」

「ああ、寒いしな、、行こうか」

やはりこの国難にあたるにはT国国防会議の開催地たるM○Sがふさわしいと誰もが考えるようだな。

幸い、狭い店内ながらも俺たちの他には2組くらいしか客が居ないのも好都合だ。

俺たちは手早く注文を済ませ、店の一番奥のボックス席に陣取ったーその時




ブブーッ!ブブーッ!


学校を出るときにマナーモードから切り替えておかなかったのか、テーブルの上に置かれていたTの携帯が激しく振動する音がした!

「!!」

一瞬、走る緊張、、、そしてTは携帯に手を伸ばすと、フリップを開けて電話に出た。

「はい」

俺とFは他人が見たらどうかと思うくらいTに接近して全力で盗み聞きの構えである、、、いや、ヘンですよー、そこの二人!?

一瞬置いて、女性の声がする、、、おなじみの○○ちゃんの声だ!



「あ、、、こ、こんばんは!」

緊張しているのが分かる、、、Tは既に手の甲にじっとり汗をかいているし、俺だって一言一句聞き漏らすまいと真剣そのものだ、、、そして、F、、、オマエ、そのうっとおしいクイクイ止めろ!せわしなくて気が散るわ!

「○○さんですね?いつもお電話ありがとう」

Tが目一杯緊張しているクセに余裕っぽい挨拶だーっ!

「あ、いえ、そんな、、、ご迷惑じゃなかったですか?」

「そんなこと無いよ、、、こっちこそなかなか電話に出られなくてゴメンね、、、」

「ご、ごめんなさい!お忙しいところ、、、何度も私ったら、、、」

「今日はたまたま授業が早く終わったから良かったよ、、、迷惑なんてとんでもない!、、、電話をもらえて僕も嬉しかったよ」






「!!、、、△△さんたら、、、!」

嬉しそうにはにかむ○○ちゃん、、、







、、、で、も、、、




















△△さん、、、、だと?






氷点下まで静かに静かに振動を与えずに冷やした水の入った容器のフチをコン!と棒で叩いた時、あるいはエポキシ系二液混合接着剤のA剤の入った皿にB剤を一滴落とした時のように、、、




、、、俺たちは一瞬の内に文字通り凝固した。




俺たちはもう少しそういう可能性について考慮すべきではなかったか?

否、、、正直言えば身に覚えが無い時点で真っ先に疑うべき事象を敢えて無視してきたんだな、、、。

俺とFはTの携帯から耳を離し、どちらからともなく苦い表情で相手の顔を見た。

Tの持つ携帯からは興奮して、ちょっと声が大きくなった○○ちゃんの声が良く聞こえた。


「ねぇ、△△さん!、、、この際だから思い切って言っちゃいますね!、、、私、あなたの、、」

「○○さん!」

Tが、、、青くなったり赤くなったりしているTが○○ちゃんの言葉をさえぎった


「、、、○○さん、落着いて聞いて欲しいことがあるんだけど、、、いいかな?」

搾り出すようなTの声に全俺が泣きそうだ、、、FもこれからTが何をするのか察したようだ、、、銀縁の無駄に光っているメガネが添えられた薬指と共に小刻みに震えていた。


「僕は、、、僕は△△じゃ無いんだ、、、!」





「ぇ、、、」

一瞬の間を置いて、小さく息を呑む○○ちゃん。


「そ、、そんな、、、!」


「だが、キミからのメッセージを受けるうちに、、、僕はッ!」












ブツッ!ツーツーツー、、、










時間が止まったかのようにTは微動だにしない、、、いや、小刻みに震えている携帯を握った右手は見なかったことにしよう。




俺とFは顔を見合わせ、、、そして、気の毒な友人に掛ける言葉を捜していた。

コメント

けるびむ
2012年1月29日11:21

電車男的なノリかと思いましたw

reijirou
2012年1月29日11:51

ただの残念系実話です

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